チーズの盛り合わせ盆
2015年11月
かの有名な「美味礼讃」の著者ブリア・サヴァランに言わせると、『チーズのないディナーは片目の美女』だそうで、フランス料理なら晩餐会はもちろんのこと、親しい友人同士の食事でも必ず登場するのがこの『チーズ』。うやうやしくワゴンに乗せられた何種類ものチーズに出て来られると、やっとのことで食事を終え安堵の胸をなで下ろしている日本人には“拷問”にも匹敵するが、サヴァランの子孫のフランス人にとってチーズ抜きは“正装をして靴を履いていないようなもの”の如く、由々しき大事であるらしい。しかしながら、日本風に“漬け物とご飯が食事の仕上げ…”とパターンは同じと考えると何となく理解できるというもので、要は慣れの問題というところでしょうか。ヨーロッパ人に言わせると、日本人は朝っぱらからスープ付きで魚や卵のフルコースを食べる変な人種らしいので。「郷に入れば郷に従え」…世界中どこでも、その土地の風土に合った食べ物をそこで食べるのが一番美味しいというのは周知の事です。
チーズもヨーロッパのカラリとした気候の中で食べてこそ美味しいので、安く豊富に手に入るこの機会を逃す手はありません。その上、このカルシウムの塊は我々を骨粗鬆症から防いでくれる力強い騎士なのです。グリエールは 1090mg/100g、カマンベールは 460mg/100g。ちなみに、普通の牛乳は 100mg/100g、しらす干しは 530mg/100g。しかし、しらす干しを100g食べるのは至難の技。
片目の美女のフランス料理をお客様に出さないため、また、出されたチーズににっこりと微笑む美女になるための手引きを簡単にまとめてみました。チーズはあまり・・・という方に、とっておきの秘訣を。“お腹の空いた時”“美味しいフランスパン”と一緒に試すことです。あればサラダやワインも。但し甘いジュースやコーラは禁物。まだ水の方がましというものです。
(1) 用意するもの
“チーズの盛り合わせ盆/plateau de fromages”は食べて美味しい以前に、まず目で食べると言われているので演出に凝る。
◆チーズ盆:
大理石、木製、かごなど。出来ればチーズの種類別にチーズ盆を用意する。クロシェ(cloche:釣り鐘形の丸いガラスの蓋が付いている盆)や車つきの移動ワゴン。
◆チーズ切りナイフ:
◆飾りとして:
◆添えるもの:
◆パン類:
◆飲み物:
小道具として一番大事。少なくとも硬質チーズ用とクリーミータイプ用の2本が必要(カマンベールの小片がついたナイフで硬質を切ると、香りや味、匂いが混ざるため)。
ブドウや樫の葉、緑のサラダ菜。
果物(梨、リンゴ、いちじく、ブドウ)、ナッツ類(胡桃、アーモンド)、しゃきしゃきと歯ざわりのよいグリーンサラダ、バター(純粋主義のグルメには軽蔑されるが、グルモン(健啖家とか食物好き)には喜ばれる)。
バゲット、麦や胡桃入りのパン、ケシ粒をまぶしたパン、黒パン、クラッカー。
赤ワインが一般的。僧院造りのチーズには、そこのビールも良し、イギリス風にポルト酒をチビチビでも可。
(2) チーズをどのように選び、セットするか?
(a)・オーソドックスなやり方はタイプ別(硬質、クリーミー、山羊、etc…)に少なくとも5種類のバラエティ
ーを揃えるが、10種類以上となると豪華。「美味しい料理の後は良いチーズを必要とする」と言われてい
るので、特別な日のディナーの締めくくりは“通の中の通”A.O.Cラベルの物を用意する。
・最近ではチーズのテーマを決めて出すというのが流行。例えばフランスでもサヴォワ地方のチーズのみ(もち
ろんワインも同地方)とか、各国のウォッシュタイプのみなど。
(b)・チーズもワイン同様、まろやかでソフトな物から試す。右からソフトなもの、左の方へは個性的な物
・切り易いようにプラトーの手前に硬質タイプ、一番奥にブルーなどのポロポロともろい物、中間に白カビタ
イプやウォッシュタイプ、又は山羊のように一人ずつ包まれている物。
(3) 買い方及び保存法
まず頭に入れておくことは、①チーズは生きている、②賢い買い方は、少量買って残さない、の2点。少しずつ買うのはどうも気がひけるという人もいるらしいが、ベルギー人同様、「1cmくらいのブロック(厚切り)を…」とか、「このくらいの厚さで…」と指で指定して買う方がよい(ちなみにスライスはフランス語でトロンシュ(tranche)→ trois tronche de Gouda s.v.p= ゴーダを3枚)。またカマンベール、ブリの類は、いつ食べるかを言い添えると食べ頃を出してくれる。もし近所にチーズ専門店があれば、そこの人と仲良しになることをお勧めする。
さて、買ったらカマンベールや山羊などのソフトタイプは、室温又は涼しい地下に置いておき熟成を待つ。当日食べる分をその日に買った場合は、箱や包装紙から出しておく(ガラスの蓋付きのプラトーは室内にチーズの臭いがえん蔓延しないので便利)。グリエール等のハードタイプは、冷蔵庫の野菜室などに入れておき、食べる1時間前ぐらい前に包装紙から出しておく。チーズの種類は秋から冬にかけて多くなるのでこの基準だが、暑い夏は適当にしないとさすがのハードタイプのグリエールでもグンナリとして美味しくない。
もし残ってしまったら、元の包装紙に戻して冷蔵庫の下段(8~10℃)に入れておく。硬質、半硬質タイプは1~2週間、ソフトタイプでも2~3日はもつが、1度栓を抜いたワインと同様なので、料理などに使い早く食べる。乾燥を防ぐために、もし元の包装紙がない場合は、サランラップ、アルミフォイルで包むかタッパーウェアーに入れておく。
(4) A.O.C(appellation d'origine contrôlée)チーズ
何世紀にもわたり伝統的な作り方を頑固に守っている名品チーズは、輝かしい「A.O.C」のラベルを誇っている(ワインに例えれば銘柄ワイン)。このA.O.Cラベルは、フランスの国家的な規模のチーズ審査委員会とも言うべき“le Comité National des d’origine des Fromages”が400以上あるチーズの中から選び抜いた40品について与えている物で、ベルギーでも殆ど手に入る(2002年4月現在)。
写真は、南西フランス、ケルシーの誇るAOCチーズ、ロカマドゥール(Rocamadour)。薄い皮に覆われたクリーミーな優しい山羊のチーズ。
(5) チーズの種類
・カタカナで書いてあるものは代表的なチーズで、日本でもよく知られているもの。
① 硬質チーズ(pâtes pressées、cuites)
牛乳製。冬。スイス、イタリア、フランスの山岳地方で作られ、このまま食べたり料理に使ったりする。
グリエール・スイス(gruyére、スイス)
エメンタール・スイス(emmental、スイス)
コンテ(comté、フランス、A.O.C)
パルメザン(parmesan、イタリア)
その他:beaufort(A.O.C)、sbrinz(A.O.P)
② 半硬質チーズ(pâtes pressées、non cuites)
サレールの誇りの赤い鑑札が付いている(左)と断面(右)。塊はごっついが、切ると素晴らしく香りが良いおいしいチーズ。
牛乳製。夏。フランス、オランダ、イギリスなどで作られているマイルドでフルーティーなもの。
カンタル(cantal、フランス最古のチーズ、A.O.C)
サレール(salers、フランス、A.O.C、A.O.P)
ロブロション(reblochon、フランス、A.O.C)
トム(tomme de Savoie、フランス)
ゴーダ(gouda、オランダ)
チェダー(cheddar、イギリス)
シメイ(chimay、ベルギー)
その他:ossau-iraty(A.O.C)、saint-nectaire(A.O.C)、saint-paulin、mimolette
③ 白カビチーズ(pâtes molles à croûte fleurie)
牛乳製。春と秋。一見白い紙で覆われているように見えるが、これは2~4週間で表面にできるカビ。この白い皮は食べても食べなくても良い。上から押してみて固かったり、切った断面が真っ白なら未熟で食べ頃ではない(スーパーなどで、カマンベールをうえから指で押してチェックしてから買っている光景をよく見かける)。反対に切り口から必要以上にとろけ出していたり、強いにおいがするなら熟成過度で不適当。切り口が乳白色で、柔らかだがつやつやと弾力があり(表面張力の原理のように流れ出しそうで流れないものとでも言うか…)、切ったときナイフに少し付くぐらいの熟成度のときが一番クリーミーな味わいの時。
カマンベール(camembert de Normandie、フランス、A.O.C)
ブリ(Brie de Meaux、フランス、A.O.C)
Caprice des Dieux、chamois d’Orなどもブリの仲間(工場製)
その他:Neufchâtel en Bray(A.O.C)、chaource(A.O.C)、pavé d’affinois、
boursault、pithiviers au foin、coulommiers、rondeau de champagne、
supreme des ducs、carre du pays Lorrain、Le Petit Lathuy(ベルギー ビオ)
④ ウォッシュタイプ(pâtes molles à croûte lavée)
牛乳製。春と秋。チーズの外側に菌を植え付けて熟成させるとネバが出てくる。これを水や土地の地酒(リキュールやワインなど)で洗いながら作るもので、独特の強烈な臭いがするが、中身はマイルドでコクがある。一般的に外側はオレンジ系の色をしている。この皮は食べない人が多いが食べられる。
ポン・レヴェック(point l’Evéque、フランス、A.O.C)
ムンスター(munster、フランス、A.O.C)
リヴァロ(livarot、フランス、A.O.C)
マロワル(maroilles、フランス、A.O.C)
その他:Epoisses、vacherin(冬)、chaumes
⑤ ブルーチーズ(pâtes persillées)
牛、牛と羊、雌羊。春。葉脈状(大理石のような)の筋は青カビの仕業。きりっとした塩味、舌にビリッとくる青カビの刺激、羊のミルクの味が絡み合う絶妙な芳香とおいしさは青い傑作とされている。この青カビ(ベニシリアム、ロックフォルティー)は消化増進として今でも使われ、消化不良の赤ちゃんのミルクに溶かして与えられている。下記が世界の三大ブルーチーズ。
ロックフォール(雌羊、Roquefort、フランス、A.O.C)
ゴルゴンゾーラ(Gorgonzola、イタリア)
スティルトン(Stilton、イギリス)
その他:Bleu d’Auvergne(フランス、A.O.C)
bleu des Causses(フランス、A.O.C)
Fourme d’Ambert(フランス、A.O.C)
bleu de Bresse、Château d'Arville(ベルギー唯一のブルーチーズ)
⑥ 山羊のチーズ(chèvre affinés)
春~夏。授乳期が限られている、山羊の乳から作る。白カビ又は木炭の粉をまぶしたものもあり、形も丸、ピラミッド型、筒状と多い。生でも調理しても美味しい。
クロタン・ド。シャヴィニョール(crottin de Chavignol、フランス、A.O.C)
ピコドン(Picodon、フランス、A.O.C)
サン・モール(Sint-maure、フランス)
ロカマドゥール(Rocamadour、フランス、A.O.C)
その他:Selles-sur-Cher(フランス、A.O.C)、Pélardons、chabichou、Valencay、
cabicou、Banon(栗の葉で巻いてある)、La Hippe de France(山羊と牛)、
Bûch、cloche d’Or
⑦ フレッシュチーズ(pâtes fraîches)
非熟成チーズで脂肪分の少ないのが特徴。パンに塗ったり、お菓子作りに使ったりする。ハーブやコショー、ニンニク入りと種類も豊富。
プチスイス(petit-suisse)
ブルサン(Boursin)、
マケ・デュ・ブラバン(maquée du Brabant、ベルギー)
cottage-cheese、Vach qui rit、
⑧ その他(フランス以外のお国自慢のチーズ)
Manchego(スペイン)
Mozzarella(イタリア)
Samsoe(デンマーク)
Feta(ギリシャ)
Bavarien bleu(ドイツ、バイエルン)
チーズの切り分け方
☆下記の図は、それぞれのチーズに対して適切な切り分け方のコツを示している。しかし、これらの例は限定的なも
のではなく、絶対にこれらのルールの範囲内でなければならないと言うことではない。しかし、すべてのチーズに
有効な一般的切り分け方のルールの中で、次にあげる2つの原則だけは、どのチーズ屋でも心がけられている。
図をクリックすると大きな画像が表示されます。
(1) 切り分けられた各々の塊は買い手側から見て、完璧な体裁(外観)をしていること。
(2) 切るときには、無駄や、喪失を避けるようにすること。
☆上記の2つの目的を果たすために、全ての道具類は念入りに手入れされ、刃は研いで置くこと。
(a) 柄が両端に一つずつ有るナイフ
(b) 柄が一つのナイフ
(c) 中型のナイフ
(d) 各種小型ナイフ
(e) 絃の張って有る物又は、ギロチン型の物
(f) ヒモの両端に柄がついている物
(g) チーズ用測定器(食物注入管)
(h) その他(一般的器具)
→ 硬質チーズ、及び大きな塊用
→ 半硬質チーズ用
→ やわらかいチーズ全般
→ 小さなチーズ、ラベルを切るため
→ フレッシュ・チーズ、白カビ、ブルー・チーズ等の
クリーミーなチーズ用
→ 大きな塊用
→ チーズの中心部の熟成度合い、及びチーズの品質を調べる為
→ スライサー(手動・電動)、チーズ用おろし金、
研ぎ器(砥石)
・いつも良く研がれた適切な道具を使うこと。
・切り口は、真っ直ぐ、きれいで滑らかである事。
・ラベルは切る前に取り除くか、紙の小片が入らないように良く切れる刃を使ってチーズに合わせて切る。