パン ルノートル

2012年11月

長年住んだベルギーを離れバンコクに暮し始め、暑さと騒音に戸惑いながら早くも7か月が過ぎた。聞きしに勝る雷と激しい雨の雨季が終わり今は乾季、タイ人はセーターを着込むという南国の冬に入った。まだ日中は30度以上もあるが、それでも121月には24度位になるというので楽しみである。当地に来て季節のみならず、食に関してもヨーロッパとの違いを知り、そのたびに発見があり興味は尽きない。

パン好きの私にとって、最初の関心事はパンだった。タイ語でパンは「カノムパン」。カノムとはお菓子のことなので、つまりパンは菓子パンなのだ。タイ人にとってパンはおやつ感覚で、主食は米。ケンターキーフライドチキンには、ライス付きフライドチキンセットがあるのには驚きだった。

バンコクの高度成長期の1986年、山崎パンがタイに進出し、日本風のフワフワで柔らかい食パンとアンパン、ウインナー入りやサンドイッチなどバラエティーに富んだパンが、大ブームとなり、今では、ショッピングセンターや駅中に店を構えて焼き立てのパンを提供している。日本人経営のベーカリーもたくさんあり、コロッケパンやかつサンドなどと、こちらも日本人のみならずタイ人にも人気である。

バゲットやカンパーニュ等もあるけれど、残念ながら、酵母の香りたっぷりでしっかりと噛み応えのあるベルギーやフランスのパンを探すのは一苦労だ。柔らかいフカフカなパンはいつでも簡単に手に入るが、本場風味のパンを買うなら、ル・ノートルがいい。

パリの有名パティスリー、ル・ノートルのバンコク店は、2003年に通称バンコクの青山通りにオープンしたカフェレストランだ。大使館やホテルの並ぶ地区にあるため、週日のランチタイムや週末のブランチ、ディナーといつもヨーロッパ人で賑わっている。当然のことながら、店の工房で毎日焼いているパンは、外はカリッとして歯ごたえが良く、中身は塩味がきき、もちもちとしっかりした噛み応えのある食感で味わい深い。うっすらと酸味の効いた自然酵母を使ったパンやプチパン、バターたっぷりの大きなクロワッサンなど種類は少ないが、まさに本場フランスのパンばかり。もちろんサンドイッチのパンはバゲットだ。

一般庶民のタイ人に言わせると「パンを毎日食べるのはリッチなタイ人とヨーロッパ人だけ」とのこと。町で食べるラーメンが150バーツだから、ル・ノートルの180バーツのバゲットや1個40バーツのクロワッサンはやっぱり贅沢なおやつなのだろうか。でも、長年ベルギーに暮したパン好きの私にとって、ル・ノートルのパンを食べる時は、懐かしいヨーロッパの味覚を思い出させてくれる至福の時なのだ。                                                                 by 紀子