ルアンパバーン

2017年6月

 

 

ルアンパバーンの町並み
ルアンパバーンの町並み

2016年、ラオスはニューヨークタイムズの「世界で一番行きたい国」に選ばれました。
政治経済の中心である首都ビエンチャンは、現在、アセアンの重要拠点とし世界中から注目を集めています。そして1995年に世界遺産に登録されルアンパバーンは、東南アジアで一番美しい町の一つといわれています。

ちょっとラオスについて
ラオスは国土の70%が森林と山岳地帯という内陸の国です。チベット高原を源とするメコン川が原生林の中を約1900kmに渡り流れ、カンボジア、ベトナムを経て東シナ海に注います。
1353年ラーンサーン王国がルアンパバーンを首都として興起し、後にビエンチャンに遷都して勢力を広げていきました。18世紀頃には王国内の分裂や近隣国との交戦で衰退し、1893年にフランスのインドシナ連邦に編入されました。フランスはビエンチャンから遠く離れたルアンパバーンに宮殿を建て、ラーンサーン王国を保護しました。この頃から、ラーサーン王国がラオ族であったことから「ラオス」と呼ばれるようになりました。
インドシナ戦争やベトナム内戦による混乱が続きましたが、1975年ラオス人民共和国として独立し王制が廃止されました。

古都ルアンパバーン
ルアンパバーンはメコン川と支流のカーン川の合流地点にある川沿いの緑溢れる小さな町。60以上ものルアンパバーン様式の仏教寺院と王国時代の家並みがフランス統治時代の建物と融合し、ゆったりとした時の流れを感じさせます。

一日の始まりは托鉢から


仏教国ラオスの一日は、早朝の托鉢に始まります。夜明け前の暗い中、人々は家の前の道端に座り托鉢の僧たちを待ちます。僧がやって来ると、用意したもち米や果物などの食料を僧の鉢に入れ祈ります。先祖に託したいお供え物を僧に託すと僧が代わりに先祖に届けてくれるという教えがあるそうです。
世界最大と言われるルアンパバーンの托鉢行列は、観光客のお目当ての一つです。そのため観光客が安全に托鉢を見物できるよう配慮されています。暗闇の中で事故が起こらないように、行列は日の出とともに始まり、僧たちは決められたルートを托鉢して歩き、その間、道は車両通行止めになります。そして、観光客も托鉢に参加できるように、道端にはゴザが敷かれ、僧への施し物も売っています。
寺から僧の行列が出てくると、待ち受けていた人々は鉢の中に素早く一握ずつ食べ物を入れていきます。瞬く間に鉢が一杯になると、僧は鉢の中から食料を子供や貧しい人々に施していきます。こうして行列は延々と続き、終わるころには太陽が輝き暑い一日が始まります。
托鉢の後は朝市を見物、そしてのんびりと観光です。

 

左から→ 托鉢、托鉢、托鉢のためのお供え物、ラオスの街並み。写真をクリックすると拡大されます。

ルアンパバーン様式の屋根の「ワット・シェントーン」はこの地で一番荘厳な寺院です。ルアンパバーン博物館は植民地時代にラーンサーン国王シーサワンウォンの王宮でした。博物館の向かい側の小高い丘は高さ約150mの「プーシーの丘(仙人の山という意)」があり、山頂からは、緑豊かな山々やメコン川沿いの町並みが360度で一望できます。
メコン川の上流約25kmにあるパークラー洞窟へ船で行ってきました。途中地酒「ラオ・ラーオ」造りのサンハイ村に寄りながらの片道約2時間半のクルーズは、暑い太陽の下で爽やかで気持ちの良い船旅でした。

左から→ ワット・シエントーン、プーシーの丘から、メコン川。写真を栗生すると拡大されます。

日が暮れると、昼間は静かな町のイメージは一転。賑やかなリゾート地の夜の顔になります。元スランス領だけあり、イタリアンやフレンチレストランが並び、パンはもちろん素材も新鮮で美味しいお食事を楽しむことができました。

ラオス料理はタイ料理に似ていて、これといった特徴のある料理はありません。ルアンパバーンの特産品の「岩のり」は、川で採れた岩のりにニンニクやトマト、干しエビをのせて乾燥したものです。軽く油で揚げて、辛みそを付けて食べまがすが、ビールのお供やご飯にもピッタリな美味しい食材でした。朝市で岩のりを買って帰り、しばらくの間ラオスの味を堪能しました。