2012年10月
日本でも今や日常生活にすっかり定着しているミネラルウォーター。急峻な山が多い日本の地形を見慣れ、ヨーロッパのアルプス山脈(エヴィアン)やオーベェルニュ地方の死火山(ペリエ)などのイメージから、清らかな水は高いところから流れてくる・・と漠然と思っていた私。「ベルギーは高い山がないけれど、ミネラルウォーターは何処からどうやって来るのかしら?」。調べてみて納得。美味しい水の秘密は「大地」にありました。
ベルギーの東南に位置するワロニー地方は、古生代、中生代、第三紀などの古い地質で成り立っている。ミネラル分の抜けた地層を巡ってくるため、ベルギーのミネラルウォーターはミネラル分が少なく、非常にマイルドで癖のない水になる。それに比べ、まだ若僧ともいえる火山層などを通過するフランスのミネラルウォーターは、ミネラル分が強く水に溶け出すため、独特の味をもつ個性的な水が多い訳だ。
◎ Chaudfontaine Monopole :ショーフォンテーヌ
ヴェスドル川流域の牧場には温水が湧き出る泉があり、大昔から羊飼いたちの足を温め、疲れを癒してきた。ある時、近所の農夫が、泉の周りを粘土の小屋で囲むことを思いつく。“湯治場”として名を馳せるきっかけとなったエピソードだ。その療法的効果の噂が口から口へと広まり、温かい(ショー)泉(フォンテーヌ)が湧き出る無名の村が人の知るところとなる。18世紀になると、リューマチや関節炎の痛みを和らげる湯治場として賑わうようになった。1925年、ミネラルウォーターを瓶詰めにして売り出して以来、ショーフォンテーヌの名はヨーロッパで一躍有名となった。
「ショーフォンテーヌのミネラルウォーターはとても例外的なのです」と水理地質学者のコルネ(Jean-Louis Cornet)は強調する。「世界で唯一といっていいほど稀な地下層の道筋を巡歴しているからです。ヴェスドル渓谷の斜面は古生代の砂岩で構成され、更にその下は何百メートルにも及ぶ片岩、石灰岩の鉱脈が複雑に交差しています。ここを流れる自由地下水は1600メートルもの下を55℃という高温で流れ、地上に出る頃は常時37℃となります。特質すべきは、60年以上という長い年月をかけてゆっくりとこれらの鉱石のフィルターを濾すという点で、全くピュアーでナチュラルな水となります。ミネラルの配分がマイルドでバランスのとれた水に成長するわけです」。
◎ Spa Monopole:スパ
“スパ”の語源は、ラテン語のspargereの過去分詞sparsaで、“ほとばしる”という意味をもつ。中世、こんこんと湧き出るスパの泉源は、聖レマクルが薬効を授けたと信じられ、多くの民衆の崇める水となった。16世紀になり、この泉水の治療的効果が医学的に証明されると、ヨーロッパ中の王侯貴族(ロシア大皇帝ピョートル1世、ベルギーレオポルド二世王妃マリー・アンリエットなど)や、老若男女が湯治療養に集まるようになった。「スパ」という名が、ミネラルウォーターや湯治場の代名詞に使われるようになったことでも、その人気がしのばれる。
アルデンヌ地方の湿地帯はファニュと呼ばれ、6~5億年前のカンブリア紀の岩石で出来ている。地殻変動による海底の隆起や、火山帯の影響で陥没を繰り返した結果として溜まった、砂や泥などの泥炭質の堆積層である。それに加え、この辺りの降雨量が他の場所の2倍もあるという特殊な事情が貴重なフィルターとなり、塩化物の非常に少ない柔らかい泉水を作り出している。実際のところ、スパ・レーヌ(ガスなし)に含まれるナトリウム分は他のミネラルウォーターに比べ低く、粉ミルクの乳脂などを変質させないため、哺乳びん用ミルクを作るのに最適とされている。幼児用のみでなく、ミネラルが多量に含まれていないことから、泌尿器の疾患や腎臓の洗浄にも有効である。スパ、マリー・アンリエット泉源の発掘は1866年。鉄分の多い温泉として知られる。フランスのペリエの泉源が発掘されたのが1863年で、この前後はヨーロッパ中で泉源発掘がブームとなり、各地の温泉、鉱泉の湯治場は社交の場として賑わった。ちなみに、王が湯治場に逗留するときは、宮廷がそっくり移動したという。
スパの泉源はその薬効により、16世紀以来リエージュ公に特別に保護されていたが、1889年正式に環境保護区域に指定された。現在では表面積3409ヘクタールがその指定下に置かれ、この地方の全ての泉源とその地下自由水の安全を保証している。
◎ Bru Chevron:ブル
“真珠の玉なすブルの水”のキャッチフレーズとともに、レストランのテーブルを飾るようになったのが1980年代なので、最近発掘されたミネラルウォーターという感じを与えるが、その起源はローマ時代にまで遡るといわれる。
アンブレーブ渓谷の深い森の中、静かに湧き出る泡立つ水は、地元民やこの土地の所有者であるスタブロ僧院の僧達に“自然の奇跡”として愛飲されてきた。スパの泉源が湯治場として社交や保養を兼ねて逗留する人達で賑わう17世紀、僧院はその商権を民間に託した。ブルの天然炭酸ガス入りミネラルウォーターは瓶詰めにされ、フランス革命の頃まではなかなかの勢いであったが、次第に鳴りをひそめた。しかし1981年になり、再び脚光を浴びることになった。火山帯の泉源水の典型である天然炭酸ガス入りのブルの水はどうやって生まれるのか? ドイツのエイフェル山塊に連なるからだ。鉄とマンガンの岩からなる黄鉄鉱で成り立つ地層をゆっくりと流れる水は、断層を伝わって登ってきた地球内部の天然ガスを溶け込ませ、泉源として湧き出している。スパの泉源と同様、1889年にこの地方も環境保護の指定を受けている。
◎ Villers Monopole:ヴィレース
サンブルとミューズ両河川に囲まれた小さな村(Villers-le-Gambon)に、この水の泉源がある。村はいくつもの小川や渓流、雑木林に覆われた石灰岩のなだらかな丘に守られ、ひっそりとたたずむ。ヴィレース村の名前が歴史上に登場したのは、この泉源の薬効ゆえ建てられた僧院があったからだが、一般に知られるようになるには20世紀初頭まで待たねばならなかった。泉の湧き水は、瓶詰めにされ1913年に薬局で売りだされるというスタートをきった。
この水はどこから来るのか? 石灰質岩などの厚い層亀裂を伝わる水は、大理石の壁にぶち当たり、突き抜け流れ続ける。そうして地下80メートルのところにある洞穴を徐々に水で満たしていき、その水が地上に溢れだし、泉となる。現在はここに大きな井戸を二つ掘り、ポンプで地下水を汲み出している。
◎ミネラルウォーターの成分
現在の世界的なヘルシー志向と、それに相まっての誇大広告により、ミネラルウォーターは人間の体に良いという“補助的”なものから、飲めば“健康になる”というイメージが強くなってきている。しかし、広告に惑わされるなと、警告をするエコロジストや専門家もいて物議をかもしている。その意味するところは、ミネラル水の泉源により、その成分にかなりの違いがあるということだ。ミネラルウォーター=健康な水ではなく、病気の症例、身体的環境(激しいスポーツなどの後など)、そして年齢などにより飲み分ける必要があるのだ。特に食事や薬の制限がある人は、慎重に行動すべきで、医師の判断を仰ぐべきである。例えば、
① やせる水として、スリムな美女達が宣伝しているコントレックスは、硫酸塩がずば抜けて高く、胃腸障害の人には与えられない。
② 塩化物の豊富なヴィシー産は、無塩食療法を実行する人、胃潰瘍や心臓病や高血圧の人には適当でない。
③ マグネシウムは重要なミネラルで、特に心臓や脳の細胞に有効に働きかけるが、マグネシウムを多量にふくんだ水は下痢を起こすなど。
つまりミネラル分の豊富さは、あるものには有効だが、一方副作用も有しているということだ。また、彼らの要求は、「ミネラルウォーターの飲用を避けなければならない、禁忌症状をラベルに明記するのが、メーカーの良心だ」というものだ。
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Spa |
Bru |
Chaud- fontaine |
Valvert |
Perrier |
Vittel |
Contrex |
Evian |
Vichy Célestins |
ナトリウム |
3.00 |
8.00 |
44.00 |
1.90 |
9.00 |
3.80 |
9.10 |
5.00 |
1,172.00 |
マグネシウム |
1.30 |
22.00 |
18.00 |
2.00 |
3.40 |
36.00 |
84.00 |
24.00 |
10.00 |
カルシウム |
3.50 |
23.00 |
65.00 |
67.60 |
147.30 |
202.00 |
486.00 |
78.00 |
103.00 |
カリウム |
0.50 |
1.50 |
2.50 |
0.20 |
|
2.00 |
3.20 |
1.00 |
66.00 |
シリカ |
4.00 |
5.00 |
18.00 |
|
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|
|
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|
重炭酸塩 |
11.00 |
209.00 |
|
204.00 |
390.00 |
402.00 |
403.00 |
357.00 |
2,989.00 |
塩化物 |
5.00 |
4.00 |
35.00 |
4.00 |
21.50 |
7.20 |
8.60 |
4.50 |
235.00 |
硫酸塩 |
6.50 |
5.00 |
40.00 |
18.00 |
33.00 |
306.00 |
1,187.04 |
10.00 |
138.00 |
硝酸塩 |
1.90 |
0.70 |
<2 |
3.50 |
|
0.70 |
2.70 |
3.80 |
6.00 |
フッ素(又はフッ素化合物) |
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|
0.40 |
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|
0.28 |
0.35 |
|
6.00 |
酸化ケイ素 |
7.00 |
17.00 |
|
|
|
|
|
13.50 |
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P H |
6.00 |
|
7.00 |
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7.20 |
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*註 mg/リットル 空白欄は製品に表示がないもの
参考文献:
・Eaux Minerales(Jean-François、Dormoy edition Soline)
・Trésors gourmands de Wallonie (Chantal Van Gelderen、La Renaissance du Livre)
・栄養の生理学(糸川嘉則著、裳華房)