2012年12月
世界の3大珍味はトリュフ、キャビア、フォアグラ。中でも「海の黒真珠」または「ブラック・ゴールド」と呼ばれるキャビアは、希少性が増すにつれ、値段も上がる一方。自然界がつくる食物のうちで一番高いものといわれ、真似のできない食感は世界中のグルメを引きつけてやみません。普段よりお目にかかる機会が増えそうな年末年始。絶滅の危機にあるチョウザメの卵についてまとめました。
歴史
2億年前から生息していたチョウザメは、シーラカンスなどと同じ高等硬骨魚類の古代魚で、その形も変わっていないといわれている。ルクソールのハトシェプスト女王の葬祭殿の壁にはチョウザメのレリーフが見られるように、エジプト人やフェニキア人はチョウザメを塩漬けにして、長い航海の間の食料にしていた。またペルシャ人はキャビアをCake of Powerと呼び、病気を直し体力を回復するものと信じていたようだ。最初の遊牧騎馬民族であるスキタイ人たちは、ダニューブ河で捕れたチョウザメを酢漬けにし、保存食にしていた。
チョウザメの卵キャビアについて最初の記述がみられるのは、紀元前3世紀頃のギリシャで、生のキャビアと塩漬けのキャビアについてであった。古代ギリシャ人は熱狂的にキャビアを好み、当時ギリシャ人が多く住んでいたアレキサンドリアでは、わざわざ黒海から輸入して食べていたほどである。
ローマ帝国にチョウザメ料理が伝わったのは、ハンニバル率いるカルタゴとのポエニ戦争でローマが苦戦していた紀元前2世紀頃だった。ローマ人はチョウザメを高貴な魚とみなし「神の魚」と呼びその肉を好み、宮廷料理であった。
その後西ローマ帝国が滅亡すると、西ヨーロッパでは一度キャビアブームが下火になった。しかし、黒海に接したロシアやコンスタンチノープルでは、チョウザメの卵を美食の食物(Kabiar)と呼び、贅沢品として好んで食べていた。
14世紀頃になると、イタリアから、再びブームが復活した。ギリシャ・ローマ文化の復興である「ルネサンス」の影響があったためである。
ところで、当時の卵の呼び名は、イタリアで出版された1319年のラテン語の書物によればcaviariだった。しかし語源は定かではない。トルコ語のhaviar から来ていると思われるが、ギリシャ人は、卵を意味する古ギリシャ語avyonから、avyarien がその語源としている。フランスで最初にキャビアが文献に登場した時は、cavyaireと明記されていた。
イギリスではチョウザメ漁は全面的に王室の事業で、獲れるチョウザメはロイヤル・フィッシュと呼ばれ、全て悪名高きエドワード2世のものだったし、中国ではエンペラー・フィッシュといわれ、その名のとおり皇帝の食卓を飾るものであった。
種類
チョウザメは、見た目が似ているために「サメ」の名が付くが、前述したように「硬骨魚」で軟骨魚のサメとは全く違う仲間である。通常は海に生息しているが、鮭のように、産卵のため生まれ故郷の河をめざし遡上する習性がある。例えば、ラウル川の500キロ上流で生まれたチョウザメは、カスピ海に下り何十年もの長い成長期を過ごした後、産卵のためまた500キロを上っていくのだ。
漁獲期は春と秋。河口付近で行われる。春の漁獲の方が消費者に喜ばれるのは、産卵前の冬期を冷たい海水の中で過すほうが強壮になり、美味しくなるからという。現在は人工孵化の稚魚を養殖池で育ててから放流する方法が圧倒的に主流だが、メスが産卵できるようになるまで、種類にもよるが最低でも8年。長いものは20年もかかるという気の遠くなる様な時間が必要なのである。
↑ チョウザメの種類によりキャビアの色や大きさが違う。 写真をクリックすると大きな画像が表示されます。
ベルーガ(Beluga、オオチョウザメ)
チョウザメ類中最大。 魚肉も食用
体長 |
約2m、 75~100kg |
粒 |
一番大きい |
産卵可になるには約20年
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色 |
濃い灰色から薄い灰色まで |
寿命 |
約100年 |
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味 |
繊細な風味。セブルガに近く、潮の香りがする。 |
オシェトラ(Oscietra、ロシアチョウザメ)
体長 |
約1.5m、 約20kg |
粒 |
中位 |
産卵可12年 |
色 |
濃い灰色、金褐色、薄い灰色まで |
寿命 |
約50年 |
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味 |
マイルド。ナッツに似た風味がある。ほのかな潮の香り。 |
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*オセトラゴールド又はインペリアルと呼ばれるものは、50歳以上の オセトラが産むもので黄金色。味は一番まろやかで繊細。 |
セブルガ(Sevruga、ホシチョウザメ) : 魚肉も食用
体長 |
1~1.5m、 約10kg |
粒 |
最も小粒 |
産卵可8年 |
色 |
黒に近い濃い灰色、緑がかった黒から灰色まで |
寿命 |
約30年 |
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味 |
ベルーガに似た風味だが磯の香りが強い。濃厚な味わい 特別に大粒のものは絶品といわれる |
おもな産地
原産地はカスピ海。その沿岸北側がロシア領域、南がイラン領域。
ロシアのヴォルガ河口を中心に、アストラカンやバクーの辺りにまでチョウザメ漁の拠点は広がっている。ロシア革命までは、キャビアは皇帝に献上するものだった。ソ連時代は、V/O Prodintorg が唯一のキャビア生産機関となり、ヨーロッパ各地へ輸出していた。が、60年代、ヴォルガ上流に建設されたダムの影響と、各国の需要増加が原因で生産が追いつかず、苦肉の策でソ連が考え出したのが、人工孵化の稚魚を養殖池で育ててから放流するという方法だった。ところがこうした工夫にも関わらず、ソ連崩壊後は生産国が分離してしまったため、管理体制が乱れ、乱獲され、チョウザメの数は激減してしまった。
イラン側のチョウザメ漁は、もともとはロシアの資本で開発されたものだった。というのもイスラム教徒は「鱗」を持たないチョウザメを食さず、彼らの食習慣には馴染みのないものだったからだ。ソ連確立後、1953年からはソ連とイラン共同の事業となり、キャビアはイランの代表的な輸出製品となった。イラン革命を期に、ヨーロッパ、アメリカ、アジアへと本格的な輸出を拡大。現在では旧ソ連各国の施設が老朽化していく中、イランの開発は進み、世界一質の高いキャビアを生産しているといわれている。
保護規制への流れ
近代から現代にかけて、輸送手段の発達や世界情勢の変化にともない、輸出先が世界的に拡大した。しかしソ連崩壊後は、混乱の中で密漁やマフィアがらみの闇取引が著しくなり、乱獲と環境汚染が響いて、ついにチョウザメは絶滅の危機に瀕するところまで来た。
2001年6月から1年間、ワシントン条約(※)によりカスピ海沿岸4ヶ国(ロシア、アゼルバイジャン、カザフスタン、トルクメニスタン)からの輸出が禁止となった。これを機にイランも含めた5ヶ国では漁の管理体制を整え、よい環境を取り戻すよう、孵化施設や養殖池の改修に全力をあげている。付加施設や養殖池の改修を図り、これまで3kgにまで育ったら放流していた若いチョウザメを、5kgまで管理したりと、様々な策がとられたりしている。
ところが2006年、ワシントン条約事務所は、前回の輸出禁止は、密漁の制御につながらなかったとして、更なる禁輸措置を期限なしで行うことにした。カスピ海産ベルーガのMalossolといった天然キャビアは、まさに幻のキャビアになってしまったのだ。
※絶滅危機のおそれのある野生の動植物の国際取引を規制する条約
養殖のチョウザメのキャビア
カスピ海の生産が閉ざされているため、イランの天然のチョウザメからのキャビアは昔の伝説になってしまった現在、頼みの綱は養殖である。カスピ海に次ぐ産地として、黒海、バイカル湖やアムール河、ジロンド河、揚子江などがある。中国やフランス、ルーマニア、日本などでも積極的に養殖が試みられている。
ベルギーで養殖のチョウザメからのキャビアが手に入るのが、1000平方メートルという近代的工場をもつCaspian Traditionだ。この道20年のイラン人オーナーは、イラン人の専門家を定期的に養殖所に派遣。その品質を検査し、合格したものだけを輸入している。現在はウルグアイ、中国、イタリア、ドイツ、フィンランド、フランス、ベルギーから輸入している。
maison du caviar by Caspian Tradition
Quai des Usines 22 23G302 1000 Bxl
TEL:02-736-8663 www.caspiantradition.com
加工工程
写真をクリックすると大きな画像が表示されます。
キャビアを高価なものにしているのは、チョウザメの希少性だけではない。釣り糸、網などを駆使して巨大なチョウザメと戦いながら行う漁の激しさ、細心の注意と確かな腕が要求される製品化工程も、付加価値となっている。
① 卵巣はチョウザメを生かしたまま取り出し、手早く細かい網の上で開け、それぞれのサイズに分ける。
② 真水でゆすいで不純物を取り除き、正確な分量で塩を添加する。職人の勘が必要とされる一番重要な工程。塩には保存料の役割と、キャビアの一粒一粒を引き締める役割がある。
③ 卵をつぶさないよう気をつけながら手早くかき混ぜ、キャビアの身が締まったら、すぐに止め、目の細かい網で余分な塩水を切る。一粒一粒は塩を振る前の3分の2程度に縮む。
④ 塩のほかには、保存剤を微量添加し、キャビア本来の甘みを引き出すこともある。EUでは、ホウシャをキャビアの保存剤として許可しているが、カナダや日本は不可なので、日本で手に入るキャビアは塩味がきついこともある。
⑤ 長期保存用のものは低温殺菌する。
塩について
もっとも質の高いキャビアは「Malossol」(薄塩)と呼ばれる、塩の一番少ない製品だ(塩分5%以下)。保存可能期間が短い分、キャビア本来の味が一番楽しめ、高価にもなる。
昔は使用できる塩も決まっていて、ロシアのアストラカン地方の塩を、7年も寝かせて塩素を飛ばしたものを使っていたそうだが、現在では化学的に成分調整が可能なので、ロシアの他地域の塩も使われている。イランでもロシアの塩をわざわざ取り寄せて使う業者もあるほどで、かの地の塩にはキャビアと相性の良いものが含まれているのだろう。
食べ方
アロマを楽しむため、食べる15分ほど前に冷蔵庫(2°~4°)から出す。開ける前にしばらく、缶を逆さまにしておくと溜まった脂肪分が全体に行き渡る。温めないよう容器を砕いた氷の上に置く。蓋を一度開けたら、必ず食べ切るほうがよい。品質の良いキャビアは無臭である(手の甲に粒を置き、匂いを嗅いでみる)。
キャビアには、銀やステンレスのスプーンは使用できない。銀が錆びたり、金属臭がキャビアに移ってしまうからだ。貝(真珠貝)、金、または木製のものを使用する。
一番適切な食べ方は、味わいながらそのまま食べることだ。小さなブリニにのせてもよい。またミミを落として軽くトーストし、薄くバターを塗った白い食パンに載せる食べ方もある。レモンを絞ったり、ゆで卵や玉ねぎのみじん切り、胡椒、ハーブ類、サワークリームをのせたりもするが、これを邪道とするグルメも多い。飲み物はヴォッカといわれるが、ドライのシャンパンも最上の友である。
選び方(ラベルの見方)
キャビアの種類により、缶(瓶)の蓋やラベルの色が異なる。
ベルーガ=水色、オシェトラ=黄色、セブルガ=赤色。
値段の高さもこの順だが、美味さや品質の順というわけではなく、値段は単に希少性が反映されているだけである。キャビアの世界的激減で、現在は色々なメーカーが登場し、値段はあってないようなものになりつつある。長年研究と投資を重ねてきた老舗は、品質管理もしっかりしているので、国際規格を守っているかどうかなども、選ぶときの目安になる。
参考文献:
● L'univers du Caviar, Frédéric Ramade, Solar 出版