オリーブ・オイル L’HUILE D’OLIVE
2012年9月
地中海沿岸地方の人々が「油」といえばオリーブの油を指します。今回は、日本でも人気上昇中のオリーブ・オイルについてです。オレイン酸が多量に含まれ酸化しにくい油のトップは焙煎ゴマ油。2位がオリーブ油で3位が紅花油と続きます。ヨーロッパでは各国のオリーブ・オイルが手ごろな値段で手に入ります。“どうも胃に重たい、匂いがチョッと”なんていわず使ってみて、馴染みになってはいかがしょう。
百歳のオリーブの木はまだ子供
オリーブの道
考古学の発達により、当時の圧搾機や挽き臼、油壺、貯蔵所の廃墟などが見つかるにつれ、この聖なる樹のルーツがだんだんと明らかになってきた。
紀元前6千年、ヨルダン村のジェリコ(現在のパレスチナ自治区)では、既に野生のオリーブの実から油を採っていたことが推察されている。紀元前3千年頃になると、オリーブの道はさらにナイル河からティグリス・ユーフラテス河、つまりエジプト、パレスチナ、シリア、シュメール帝国へと伸びていった。その後、リビア、ギリシア、キクラデス諸島、クレタ島へと、文明の発達に伴いオリーブ栽培が広まり、人間の生活を豊かに潤わせていた。
当時の様子を良く示しているのが古代ギリシアの瓶や壺だ。それらには粘土地に黒(又は黒字に赤)で、オリーブ栽培者達の日常生活である、植樹や大竿で実を落としている場面、オリーブの収穫、実の圧縮などの場面が生き生きと描かれている。
航海術の発達につれ、貿易拡大の野望に燃えた古代ギリシア人により、オリーブの栽培がシシリアに伝えられ、エトルリア人によりイタリア全土へとその栽培が急速に広がって行った。更に、船乗りとして優秀なフェニキア人(紀元前1千年)やカタルゴ人(紀元前8百年)により、それは地中海沿岸の各地へ伝搬。北アフリカへは、チュニジアからアルジェリア、モロッコへのルートで進んで行った。
16世紀、新大陸発見に意欲的なスペインやポルトガルの船には、食用としてのオリーブ油と植林のためのオリーブの苗木が積み込まれていた。そのおかげで1560年にはペルーで栽培が始まり、瞬く間に西インド諸島、チリ、アルゼンチン、メキシコへと発展していった。その少し後、スペインのフランシスコ修道会士達により、オリーブの木がカリフォルニアに持ち込まれることにもなった。
神話の木
サンサンと降りそそぐ太陽の下、銀緑色の葉を輝かせるこの常緑樹を見て、人間は畏怖を覚えるとともに、幹が破壊されても若木が自然に発生するその驚くべき「生命力」と、何世紀にもわたる「不老長寿」に対し崇拝の念を抱いた。これらはごく自然に、エジプトの女神イシス、ギリシャ神話のアポロンやヘラクレス、ローマ神話のミネルヴァなど、数々の神話や伝説を創り出していくことになった。
一方、オリーブの木の持つ豪奢で誇り高い容姿は権力の象徴とされ、ローマが世界を支配していた頃の元老院の着衣は、オリーブの枝の王冠と、紺色のガウンであった。また、家族がオリーブ油生産に従事していたため、幼年期をオリーブ畑の中で過ごしたナポレオンにとって、この木は自分の身分証明であった。オーストリア大使への返礼として、ダイヤモンドで覆われたオリーブの小枝を贈ったというエピソードがあるほど、その愛着度は大きかった。
オリーブ・オイルの作り方
オリーブ狩り
一番良い方法は一粒ずつ木の枝から手摘みで取る方法だ。爪で傷を付けないように、特に若い枝は来年実をつけるので、折らないように気をつけながら採集する、気の遠くなるような忍耐の仕事である。櫛のような道具も工夫はされたが、厳しい労働であることには変わりはない。大木の根本に巨大な網を広げ、幹や枝をゆすって実を下に落とす方法もあるが、機械化への工夫が真剣に考えられている。
選別
皮に張りと光沢があり薄いものが適している。種が果肉から剥がれやすい状態のものがベストで、若すぎても不適当である。葉や未熟な実そしてキズついているものを即座により分け、重ならないようにして空気の流通の良い所に保管する。油用とオリーブ漬け用とに選別されるが、いずれにしろなるべく早く処理することが肝心で、最長でも1週間以内と決められている(伝統的なやり方でも、工場で作る場合でも基本的には摘んだら即刻作業に移る)。
潰す
成熟して自然に落ちたオリーブの実の上を歩いた太古の人が気付いたのは、足の皮がスベスベするということだった。この滋養豊かな油を抽出するため、すり鉢の中に入れて石で潰すことを思いつき、これが石臼への改良につながっていった。尚、ギリシア人、ラテン人、ヘブライ人は種はつぶさなかったらしいが、いつ頃から実の全部が使われるようになったかは不明である。石臼を回すのは人力(奴隷)だったが、その後ロバ、雄ラバ、馬などの動物の力、更に水力で回されていた。近年に至り電力がそれらに取って代わり活躍するようになると、柔らかいオリーブの皮や種も潰され、ねっとりと油分を含んだ黒みがかったペースト状のものが出来上がる。
搾る
ペーストを、スクータンと呼ばれる直径70センチの薄くて丸い座布団の上に塗りつける。この座布団はイグサ、細い麦ワラ、椰子などの繊維で編まれており、スクータンの真ん中には、太い心棒が通せるように、特殊な編み方の丸い穴が開いている。
座布団を何十枚と積み重ねた上から圧力をかけると、油のみが横からジワジワとしみ出してくる。ペーストのカスはスクータンに残り、油は下に用意された受け口に徐々に溜まる。これを放置すると水と油に分かれ、この油を濾過したものがいわゆるコールド・プレス、「一番搾り」である。
伝統的な作り方では、残りカスにもまだ十分に油分が含まれているので、沸騰に近い温度の熱処理を施し、燈油や石鹸などに使った。しかし今日の近代的な工場では、スクータンへの1回の圧力で油が絞り出され、遠心分離機にかけて水と油に分けるので、オリーブの実の全てが油となる。カスは動物の餌や肥料となる。
オリーブ油の純度
紙やセルロースを通し濾過することで純度が得られる。微量成分(ヒドロキシルチロゾール、アルファートコフェノールなどのポリフェノール類)や、皮や種から出るごくわずかな不純物は残るが、これらがオリーブ油に個性と独特の香りをつける。なお、成熟した100kgのオリーブの実から10~15ℓの油が搾れる。
どんなオリーブが最高なのか
オリーブ油の優劣や個性を決定する要因はいくつもあり複雑なので、単純には断定できない。これがオリーブ油はワインと同じだといわれるゆえんだろう。
オリーブ油の色・味・香りについて
《色》
オリーブ油の品質の点から見れば、熟れ始めに圧搾した方が「抗酸化物質」や「芳香成分」が豊富だし、葉緑素が多いので緑色が濃くなる。しかし“それでは、緑色のオリーブ油の方が上質なのか?”と問われれば、簡単にそうだとはいえない。
例えば、遅摘みは実が充分に熟しきっているので緑色は薄いが、オリーブの実の中の油分貯蔵という点では、その量が最高に達するのが、まさに完熟した時だからだ。オリーブの皮の色が「ブルーがかった黒」の頃が完熟で、この約一ヶ月ごろ前から油量が増え始め、完熟を過ぎると下降線をたどる。この様に収穫時期の違い、つまり「色」でその良し悪しの判定が出来ない。また更に、品種の違いも影響するのだ。
重要な判定観点を羅列してみると、
(1) 海や湖に面し、温暖な土地
(2)まわりに風を遮る山などの有無、更に南側か東側か
(3)土壌
(4)収穫方法は手摘みか機械か
(5)剪定の方法や樹齢
(6)その年の天候
最も重要なのは(1)である。イタリアのように縦に長い国を例にとってみよう。北部でも南部でも、オリーブの熟し始める時期や収穫時期はほぼ同じなのに、北部の製品は渋みもなくマイルドでデリケート、そして緑色が濃い傾向にある。一方中部は味にコクがあるが苦みや刺激も強い。ところが南に下がると味、色とも北部産に似てくる。ということは、それらの違いは栽培品種の違いが生み出していると思われる。つまり葉緑素の多い品種で栽培すれば緑色が濃くなるわけである。
ところが困ったことに、これを更に複雑にしている要因がある。品種が非常に多いのだ。そして「この産地では必ずこの品種の実を栽培している」という風に、単純に分布していないことも複雑化の要因なのである。
《味》
味といっても舌で味わうだけなく、鼻から揮発性物質を吸うので判断は難しい。渋みや刺激についてはポリフェノール類(これだけでも12種類もある)を主とした抗酸化物質が挙げられ、このバランスにより渋み辛みが生じると考えられている。ここでも“辛みのあるオリーブ油の方が体によいのか?”という質問が生じると思うが、抗酸化の働きはするが、渋み辛みのないものもあるというのが答えである。
《香り》
香り成分である揮発性物質に関しては、その研究にもかかわらず、不明なものも少なくない。今では約150種を特定しているが(アルデヒト、ケトン、エステルなど)、これらが様々な微量成分と結びつき、複雑で独特の香りを作り出している。但し、ほとんどの揮発成分は調理の熱で逃げてしまうので、フライにはピュアで、生食にはエクストラ・ヴァージンでと使い分けた方が経済的には賢明であろう。ただし、前述の抗酸化物質は一度火にかける程度なら壊れずに残っているし、たとえ熱で他の成分と結びついても抗酸化という性質には変わりない。
テーブルの宝石
栄養価
オリーブはまさに健康の宝庫。ビタミンA(カロチン)、ビタミンB1、B2、C、ビタミンPP、A、C、E、D、F、ミネラル類(硫黄、リン、塩素、ヨウ素)、マグネシウム、カルシウム、鉄、銅、マンガンなどが含まれている。オリーブ漬けは、脂肪が多いためエネルギー価は他の野菜や果物よりもはるかに上である。また、黒オリーブの方がグリーンよりカルシウムが多い。100gのオリーブは1,5ℓのミルクに匹敵するといわれる。
オリーブ油のランク
オリーブ油の名称はオリーブの実からとれた油を指し、他の油や油脂を混ぜていないもの。
・Huiles d’olive vierge extra
非精製で、果実のフレッシュな風味が損なわれずに生きており文句無し。酸度が0.5以上、最高でも1%まで。
・Huiles d’olive raffinées
精製してあり(物理、化学処理を施す)、あるものは風味に欠けたりもするが、質的には及第で、酸度は3%を超えない。
・Huiles pures d’olives
ピュアとは、酸度が高いヴァージンに精製を加えて酸度を下げたもの。
近年はオリーブ油の世界でもD.O.C(原産地保護統制呼称)の認定制度が設けられた。しかし、ワインやチーズのように製法まで規定されていない現状である。尚、ヨーロッパのオリーブ栽培は1位スペイン、2位イタリア、3位ギリシアで、量としてはかなり落ちるが次にフランスが続く。
参考文献 ・L’Huile d’Olive Aubanel社
・Cuisine et vins de France
・Cuisine du terroir
・専門料理 柴田書店
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